今年もカボチャを分けてもらいに、森町(北海道南)の農家さんに行った。
あるある・・・毎年分けていただき早10年。
刈り取られて、綺麗に並べられたカボチャ(みやこ南瓜)・・これがまた美味しい!!
農家のご主人も還暦を超えて、「75歳まで、できるかな・・」と。
収穫時、アルバイトを雇うが、なかなか思うようにならないと言う。
収穫までは、何十ヘクタールもある畑を一人でこなすと言う。
この農家は、カボチャとトウキビだけの栽培のみで、自ら食する野菜を少々栽培しているという。
他の作物は植えつけないのという質問に対して、
「農具が、新たに必要となる。あっち・こっちと手を広げると、何千万円が新たに必要になるよ」
なるほど、種まきの機械はそれぞれの作物により異なることが機械を見て思った。

「十分だ・・・、それよりも収穫時に人の確保ができるかどうか・・・。
「人だよ・・・やっぱり人だよ」と言われた。

年間の収入はいかほどかと言うと、【300万位だな・・・・。十分だ・・】
たいしたものだねと言うと「そう言われると、惨めになるよ・・・」
文章に書くより、優しいイントネーションで彼は答えた。
当たり前に当たり前の事をしているだけという、人を羨むこともなく暮らしていること。
当然と言えば当然だが、なんとも懐かしい会話だなと思った。
最後に彼は、「牛は、休みないからな・・・・」
本当だ、生き物を世話する仕事は1日足りとも休むことはない。確かだ。

冬以外の働く時間は、AM4時30分~PM6時に一度終わり、最後の仕事はPM7時までといった。
税金・健康保険・その他もろもろの支払いをすれば・・・
都会の年収300万円という年収と同じだが、都会では【十分だ・・・】と言える人は皆無だろう。
休みはと言えば、12月の終わりから2月はじめまで体を休めることができるとか。
約2ヶ月の農閑期になるわけだ。
サラリーマンは、土日休みとすれば、1ヶ月8日×12ヶ月=96日+盆暮れのお休み等など。
大企業では年間130日ほど、少ないところで年間103日と言われている。
こう考えると、食を生産支えている人々は、長時間の働きと都会では少ないという収入で【十分・・・】と言え、生産している喜びの顔は、なんとも威風堂々としている。

もう1件の農家さん、こちらは新しい作物のチャレンジを続けている。
昨今の人だかりは、なんといっても作物の商品に魅力があるのだろう。
かぼちゃも6種類、西洋野菜、トウキビ、トマトとも何種類も栽培している。
都会では【宝石箱】と言われ、何種類も色とりどりトマトが贈り物として売り出しているが、とてもとても高価な品だ。
そうそう、白のトウキビも短い間だけの販売だが手に入れられる。
一つ一つの作物の箱に【メッセージ】が書かれているのだが、農主自らが書いているのだという。
優しい言葉と字体で、奥様が書いているのかと思ったのだが、作物に対する優しさが、言葉や字体にも現れていた。
温暖化が進み、寒冷地でも育てられる作物が増えている。
チャレンジをする農家の未来は明るいな・・と思える。

こちらも10年来、懇意にしていただいている朝市の農家さん。
70歳を過ぎたお父さんとお母さんは69歳。
10年前は、娘さんは何もできないお人であった。
今回、訪問をし、その成長に目をみはるものがあった。
人への対応能力、親から受け継いた人への感謝の気持ち、働くという姿勢、親が子へ、物事の伝達。
ここの家族は、いただきものの共有をし、人のことも共有できているなとつくづく思った。
親が留守でも、子供が対応できる。
普通に考えれば当然なことなのだが。

都会では、こうはいかない。
夫婦さえ、共有できない事が多い。
人の恩や義理なども子供まで共有出来る家庭は、長く生きてきた私ではあるが、なかなかお目にかからない。
昨今は、物事を共有・伝達できる家庭は極稀だろう。

心ばかりの手土産を持参したが、彼女は
「いつもすいません。悪いね・・・。これ持っていって・・。」
と、そそくさと売り物の野菜を袋に入れて手渡してくれた。
後日、お母さんに娘さんの話をしたら
「みんなに育ててもらってるの。お客さんにも。」
と言う言葉であった。
こちらも文章にすると、伝わりにくいと思うが、温かい言葉である。

大事に育てられた品々を、私もお裾分けの梱包作業。
そして、トマトはトマトジャム・枝豆・トウキビ・カボチャは茹でたり・レンジを使って小分けに暑いさなかの冬支度である(こちらは、冷房なし窓をしめても夜はOK、たまに寒いねと言葉にでる)。


都会では忘れかけた暮らしが、まだまだ田舎にはある。
満足感を得るということは何なのか。
【足るを知る】という老子の言葉を思い出した。
京都瀧安寺のウイキペディアの中の一節
知足の蹲踞(つくばい)
茶室蔵六庵の露地にある。
蹲踞は茶室に入る前に手や口を清めるための手水を張っておく石のこと。
ここの蹲踞には「吾唯知足」(われ、ただ足るを知る)の4字が刻まれているが、その意味合いから石庭の石が「一度に14個しか見ることができない」ことを「不満に思わず満足する心を持ちなさい」という戒めでもあるといわれる。
また水を溜めておくための中央の四角い穴が「吾唯知足」の4つの漢字の「へん」や「つくり」の「口」として共有されているのが見どころであり、そのため一見「五・隹・疋・矢」と読める。
水戸光圀の寄進と伝承されているが、一般拝観者が見ることのできるものは複製である。

不満や不平は、もっと何かが…あの人より私の方が…と、【が】がつく会話が多い。
己の身の程を知り、身の丈にあった日々があると昔の人に教わった。
夏の訪れる北海道の生産者と会う度に、【身の丈】を教えられる。
なんとも感謝である。

投稿メンバー

江本ヒロミ
江本ヒロミHiromi Emoto
神奈川県出身
いつまでもあると思うな親と金。
心も大きく体も大きいが病気は一切無し。心身ともに健康。