【行列】は、なぜできるのだろう?
どうでもいいことと思いつつ「なぜ行列ができるのだろう?」と気になる。
裁判傍聴の行列、PC販売での行列、チケット購入の行列などなどもあるが、食に関する行列は目を見張るものがある。
行列のできるお店は、何が違うのだろうか。
わたくしが見聞したなかでは【世界一や日本一】という切磋琢磨したチャンピオンの店、【安くておいしい】【一点集中】などなどだろうか。
行列時間1時間…。それでも並ぶ並ぶ。

とある人が、行列のできる店は積極的であると言う。
「お客さんを待つ」という旧体制のままではお客さんは来ないよ。
仕事を持つ私も、そうだそうだと思える。
今の時代は、行列をなすお店の「意外性」や「おいしいだろう」という期待感。
「日本初上陸」「B1グランプリ」という話題性に敏感なのだろうか。
私は、行列をなして食を求めることはないが、PCでの買い物は、やはり人気のあるお店・品を選んでいるのだろう。
期待もあるが、はずれもある。

行列をなしても、次々の生まれ出る新しい店・商品。
一時の行列に甘んじていれば、閑古鳥が鳴く。
行列ができるまでの直向きな努力と、状況を保つべき努力。
一流店になるまでは、寝る暇を惜しんで料理の開発・チャンピオンになる努力があるのだろう。
行列は、多くのプロの料理人の登竜門になっているのは事実。
その努力に痛く心を打たれる。
回転の早いお客様に満足を与えなければならない。
料理だけではなく、接客・お店の清潔さ・そこで働く人々の人間性、すべてをコーディネートするわけだから、昔のように美味しければよしという飲食店経営時代ではなくなった。

昔は行きつけの店があり、料理人や店主と会話を楽しみ、「客が店を育てる」なんていう言葉もあったものだが。
常連客に新作の料理の味見を依頼されたりしたものだ。
飲食は、近所で…家庭での食事が当たりまえの時代から、時間さえあればどこへでも行かれる時代になった。
行列に並ぶことができるほど、時間の使い方も昔とは異なるのだろう。
食に対して、お客様に満足を与える料理人が沢山あらわれ、引いていく時代。
家庭で家族が【うまい!】という食卓も火が消えていくような。
その中でも、PCを駆使し、家庭料理の達人という女性が脚光を浴び、料理本を出し、売れに売れている。
決してプロになるという自覚ではなく、家族の健康・節約から生まれ出た料理たちだ。

一つの事をやり抜くことは、苦労を前面に出すのではなく、自分自身も楽しむことにより、相手をも楽しませる。
家庭でも、子供や夫が食卓やおやつを楽しみにするのも「行例」と言えよう。
行列のできるお店も家庭の料理も、要は作り手が楽しめていて【美味しいと食べている姿がうれしい】と思えるようになれば一流なのかもしれない。
義務感での作業では、プロの料理人も家庭の料理人も行列はできないだろう。
職人も営業職も…医者でも、飲食店の行列は何かを一考してみると、見えてくるものがあるかもしれない。

投稿メンバー

江本ヒロミ
江本ヒロミHiromi Emoto
神奈川県出身
いつまでもあると思うな親と金。
心も大きく体も大きいが病気は一切無し。心身ともに健康。