【えきなか】という言葉が定着し、ここそこの駅は電車を利用するという考え方から、多目的な駅へと変わっている。
便利に使い心地がよく人が集まる場所となりつつある。
しかし、【えきなか】ができるまでの若者たちのプロジェクトは困難をきたし、古き歴史のあるJRで…。
さあ、歩みをたどって見よう。

少子化でJRも鉄道以外で収益を上げなければという時代になった。
駅と言えば【キヨスク】【立ち食いそば】。
それではこれを大きくすればという古き人々の考え方。
たった一人の発言が、【駅の常識を変えろ】であったと。

そのリーダーに任命されたのは女性。

大宮駅。
48万人が乗り降りする場所が最初の【えきなか】商業スペースを設立。
リーダーの女性と2人の若者がこの大きな仕事を任された。
商業スペースのノウハウはなく手探りで始発~終電まで3日間をかけて観察をした。

女性は立ち食いそばにあまり行かない。
女性が利用しやすい店がなかった。
駅のスーパーは8時に閉まってしまう。
駅にスーパー・保育所・病院…。駅に行けばすべてがある…うんステキ。
女性客を中心に、20代30代の働く人を基準に。
トイレを快適にする、スイーツなども。
通過する駅から、立ち止まる駅に。

ここまでで、現在の【えきなか】が注目をされているのがよくわかる。
2005年大宮駅に【えきなか】オープン。
オープンまでの3年間を振り返っていた番組を目にした。
その語録
・新しい駅、新しいやりかたでやってください。
・全員が賛同したものは価値がない。本屋その他の情報で何が得られるのか?
・あなた自身がどう感じたの?自分の心にある。
・本当に自分が欲しいものはなにかを追及すべき。

この【えきなか】に携わった若者たちは、日曜日も返上して、自分の目で・自分で行動を起こし・自分で味わい・店舗参入の交渉。
【駅にこんな場所があったの?ちょっと得した気分】をコンセプトに、どんな店がいいか…、地獄の日々を過ごした人々であったと。

この努力は、反対派の人々も賛同者に変えていったのだと。
大宮駅の【えきなか】は2010年3月で5年がたった。
今の【えきなか】の繁栄は、語ることもないほどの賑わいだ。

たった一人の取締役とリーダーを引き受けた女性の熱意。
そして共に働いた若き人々。
そこに何があったと言えば、やりぬくことの大事さとその熱心さは、多くに人の心に届くということ。

【えきなか】ができた歴史は、私たちに多くの教えを残した。
今、悩みの中にいるのであれば、昔の駅と今の駅を観光気分で見ることで【なぜ?】という新たな気持ちになれるかもしれないと、日々もがいている人々を見ていてふとそう思った。

投稿メンバー

江本ヒロミHiromi Emoto
神奈川県出身
いつまでもあると思うな親と金。
心も大きく体も大きいが病気は一切無し。心身ともに健康。